公演にあたって

 幾度ものブームに湧き、ほぼ一世紀にわたって世界中の人々を魅了してきたアルゼンチン・タンゴの舞踊。民音タンゴ・シリーズ、36回目となる本公演では、今や日本でも熱烈な愛好者が急増している、“タンゴ・ダンスの現在進行形”をご紹介いたします。


●「タンゴ・ダンス世界選手権」

 1998年12月、ブエノスアイレス市が、広く市民にタンゴを楽しんでもらおうと、初の総合的なフェスティバル「ブエノスアイレス・タンゴ」を企画。市内約30ヶ所で、200余りのタンゴにまつわる貴重なプログラムを無料体験できるとあって、大変な好評を博しました。

 その後、フェスティバルは1999年12月、2001年2〜3月と回を重ね、第4回の2002年2月には、タンゴ・ダンス協会主催のダンス・コンクールを実施するに至ります。
 フェスティバルの成功に勇気づけられたブエノスアイレス市は、続く2003年3月の第5回で、さらなるタンゴ界の発展とタンゴによる経済効果を目指し、初めて国際的なタンゴ・ダンス世界選手権を開催します。この年すでに、日本を含む世界各国から38組、総勢291組が「ステージ部門」と「サロン部門」に分かれエントリーし、話題を呼びました。

 2004年は2月末から第6回「ブエノスアイレス・タンゴ・フェスティバル」が開催されましたが、コンクールのほうは規模を拡大した行事として独立。同フェスティバル期間中に国内予選の決勝を、次いで東京での「アジア大会」を含む世界8都市で予選を実施。最終決戦が「第2回ブエノスアイレス・タンゴ・ダンス世界選手権」として、8月の9日間にわたって行われ、「ステージ部門」141組、「サロン部門」184組が、妙技を競い合いました。

 ちなみに、「ステージ部門」の審査員には、すでに3度の舞踊団公演やマリアーノ・モーレス公演の振付などでお馴染み、エドゥアルド・アルキンバウらが名を連ねています。


タンゴ・ダンスの発祥から世界進出、復興と創造の足どり

 アルゼンチン・タンゴのリズムは足下から生まれた……と、しばしば喩えられるように、個性豊かな音楽と踊りとは、タンゴの誕生以来、常に緊密な関係にありました。おそらく、首都ブエノスアイレスの郊外や場末で、下層階級に属す人々が、娯楽を求めて踊り始めたのが最初だろうと言われています。

 ところが20世紀初頭、ヨーロッパの大都市に紹介されたタンゴ・ダンスは、むしろエレガントなナイトスポットで爆発的に話題をさらいます。当時、音楽家や歌手とともにあまたの舞踊家が旧大陸へ渡航しては、パリをはじめとするヨーロッパ諸都市で、タンゴの魅力を振りまき人気を博すことになるのです。タンゴのエキゾティックな美学は、進取の気風にみちた都市の人々を魅了し、流行ファッションをも左右するキーワードとなりました。

 やがて、一旦は外来の音楽やダンスに押されたかにみえたアルゼンチンでのタンゴが、1940年代になって見事に息を吹き返します。多彩な楽団スタイルの発展とともに、巷にタンゴがあふれ、ダンスは大衆の足下に戻ってきたのです。華やかなダンスホール時代、ダンスパーティーの隆盛は、今日まで受け継がれ老若男女を問わず娯楽として踊られる「ミロンガ」空間を生みます。現在の「サロン・スタイル」とほぼ同義語でしょう。

 一方、わずかなプロ・ダンサーたちが限られた場で、ステージ芸術としてのタンゴ舞踊を研磨してゆきます。ベテラン、グローリア&エドゥアルドをはじめとするダンサーらは、それぞれ個性的振付を創案し、タンゴ・ダンスに新たな魂を注ぎ込んでいったのです。


世界規模の興隆、タンゴ・ネットワークが築かれるまで

 近年、再びその舞踊が脚光を浴びるきっかけとなったのは1980年代末。ブロードウェイから始まった世界規模のタンゴ・ブームは、ベテラン・ダンサーたちの国際的な評価を一気に高め、また同時に、多く新人ダンサーの登場を促しました。

 ダンスをハイライト場面とする数々のショーが企画されてはロングランを記録し、息の長い支持が続きます。また、映画作品にも盛んにタンゴが描かれるようになります。

 興行の成功に伴い、世界の各都市でタンゴのダンス・クラス開設が進み、欧米を中心にタンゴ舞踊人口はうなぎ登りに増加しました。我が国でも、1980年代までは想像もつかなかったダンス人口の急増現象がやがて訪れることとなります。

 21世紀の今日に至るや、未曾有のタンゴ人気を受け、プロの踊り手たちは舞踊レベルの向上と一層の普及のため連携を強め、世界に一大タンゴ・ネットワークを築いているほどです。このネットワーク構築がタンゴの母国を刺激し、タンゴの首都を自認するブエノスアイレス市に活力を与えている事実は、疑いようもありません。


「新星」たちの活躍を見届けられる、今回のステージ

 公演タイトル、「タンゴの新星」の名にふさわしい顔ぶれが、ジセラ&ガスパル、マルセラ&イバンの2組。タンゴ文化の普及と発展を目指し、アルゼンチンの首都、ブエノスアイレス市が2003年から本格的に開催している「タンゴ・ダンス世界選手権」。その第1回と第2回で、「ステージ部門」の優勝した若きカップルです。

 いずれも、タンゴ・ダンスの頂点を極めるべく技量を競い合う世界最大のコンクールで栄誉に輝き、未来を嘱望されている存在と言えましょう。

 ジセラ&ガスパルは、アルゼンチン・コルドバ州出身のカップル。マルセラ&イバンは、ブエノスアイレス州ラ・マタンサ出身のペアです。

 瑞々しい2組のカップルほか、数度の来日で馴染みの深い、もはや中堅どころと呼べる実力とキャリアを誇るアンヘレス&カルロスが、今回の舞台芸術性をより高めてくれます。

 カルロスはエドゥアルド・アルキンバウの愛弟子で、すでにマリアーノ・モーレス公演やグローリア&エドゥアルド舞踊団公演にも参加してきました。優雅さとともに、タンゴのルーツをしかと踏まえたその舞踊感覚で、今回も魅せてくれることでしょう。

 演奏を務めるのは、2002年民音タンゴ・シリーズ公演で鮮烈な日本デビューを果たした、オルケスタ・エル・アランケ。アルゼンチン・タンゴの黄金時代と謳われる1940〜50年代の、輝かしくも多彩な楽団スタイルを現代に甦らせようと志す、若き勇者たちです。
 1996年の結成以来、古典の名曲にも新たな感性と編曲を与え続け、多くのファンや先輩音楽家から喝采と期待を一身に浴びている、まさに「希望の星」の楽団と言えましょう。

 ステージは、さらに人気女性歌手ノエリア・モンカダを迎え、若さならではの熱くも甘美な歌のタンゴを披露いたします。

 世界でもっともドラマティック、かつ人間の情感に根ざした舞踊と讃えられるタンゴ・ダンス。華麗なるテクニックとみなぎる若きタンゴの鼓動を、輝ける新星たちの発散するエネルギーとともに、存分にご堪能ください。